密度汎関数法

密度汎関数理論に基づいて系のエネルギーや種々の物性を計算する手法全般。密度汎関数理論は、系によらない電子密度の一意な汎関数から系のエネルギーや物性を計算できることを示したHohenberg-Kohnの定理によって理論的基盤を得た。この定理は、N電子系を記述するのに、3N個の変数を有する波動関数に対するシュレディンガー方程式を解く必要はなく、3個の変数を有する電子密度を取り扱えば十分であることを示している。従って、多電子系を記述するための非常に強力な理論であるが、汎関数の形そのものに対する処方箋を与えるものではない。汎関数の良い近似形については現在も盛んに研究が行われている。

密度行列繰り込み群(DMRG)

密度行列繰り込み群法は,離散空間量子多体系の与えられたハミルトニアンに対して,その基底状態における諸物理量の期待値を求めるための手法である.変分関数として行列積状態を用いた変分法とみなすこともできる.したがって,一般に行列積状態がよい近似を与えるような場合,例えば1次元的な量子多体問題などで効果的である.この方法は行列積状態の構成要素である行列の次元を大きくすることで原理的にはいくらでも近似の精度を上げることが可能であり,行列次元の関数として計算結果がどのように変化するかが計算の信頼度を図る一つの指標になる.また,行列積状態はテンソルネットワーク状態の特殊な場合であるので,DMRGはテンソルネットワーク法の特別な場合とみなすこともできる.

平面波基底

波動関数を平面波展開で表現する手法。平面波は規格直交基底をなすので、基底を大きくすれば(たくさんの異なる波長を有する平面波を用意すれば)しただけ単調に精度が良くなる。しかしながら、原子核付近の波動関数の急峻な変化を表現するためにはかなり多数の平面波を要するため、不向きである。これを回避するために、(L)APW法や擬ポテンシャル法が考案された。

拡散モンテカルロ法

量子モンテカルロ (QMC) 法に基づいた手法である。シュレディンガー方程式の解における虚時間発展の演算子は、基底状態への射影演算子として働く。拡散モンテカルロ法では,それぞれ重みをもつ,多数のウォーカーを用意し,基底波動関数からなる空間内でランダムウォークさせる.その際,ウォーカーの分布関数が虚数時間依存のシュレーディンガー方程式の時間発展を満たすようにランダムウォークの規則を選ぶ.初期分布を求める際など,他の変分原理に基づく計算法と合わせて使われることが多い.アプリケーションとしては、CASINO や QWalk などがある。

擬ポテンシャル法

内殻電子軌道は化学結合にほとんど寄与しないことから、その影響を有効的なポテンシャル(擬ポテンシャル)に押し込めることで、計算量を減らすことができる。これによって、比較的緩やかに空間変化する外殻軌道のみを考慮すればよくなり、特に平面波基底を用いる場合に基底関数系の大きさを抑えることができる。

時間依存密度汎関数法(TDDFT)

時間依存する多電子系の電子状態を密度汎関数法の枠組で取り扱う手法。通常の密度汎関数法では、基底状態のエネルギーが電子密度の汎関数で与えられることを前提とするが、これを時間依存する系へと拡張して、時間依存する電子密度についての汎関数を構成することができる(ルンゲ-グロスの定理)。この汎関数から導かれる方程式を解くことにより、分子や固体の電子状態の時間発展を高速に計算することができる。強い外場下での非線形応答を議論できることが特徴であるが、系の線形応答(光学応答や誘電応答など)を計算する際にも用いられる。多くの第一原理計・量子化学パッケージでサポートされており、代表的なものとしてVASP, CASTEP, ABINIT, QUANTUM ESPRESSO, PHASE, Gaussian, GAMESS-USなどを挙げることができる。

有効遮蔽媒質法(ESM法)

スラブモデル(2次元方向にのみ周期境界条件を課した3次元空間中の物理系モデル)において、帯電した系や電場印加下の物質の電子状態を取り扱うときに用いられる第一原理計算の手法。2次元の周期境界条件を満たしながら、それに垂直な方向に対して境界条件を設定し、その条件下でのポアソン方程式をグリーン関数法によって解くことで、電場印加や帯電の効果を適切にとりこむことができる。多くの第一原理計算パッケージでサポートされている。

関連ソフトウェア

熱的純粋量子状態

統計力学の教科書には、有限温度の物理量(例えば、内部エネルギーや比熱など)は、ボルツマン重みに従って物理量の平均をとる、いわゆるアンサンブル平均を行うことで求めることができると書いてあります。このアンサンブル平均を実行するために、考えている系に対して、全固有値・全固有ベクトルを求める必要があるために、計算コストは基底状態計算に比べて大きく、実用的な計算を行うのはほとんど不可能でした。

ところが、近年の量子統計力学の研究の進展によって、有限温度の物理量が、原理的にはたった一つの波動関数の期待値として計算できることが示されました。アンサンブル平均が、一つの代表的な波動関数に置き換えられることが可能ではないかというアイディアの歴史は古く、1986年に今田-高橋によってすでに指摘されており、いくつかの論文[J.Jaklic and P.Prelovsek PRB 1994A. Hams and H. de Raedt PRE 2000, S.Lloyd 1988]で独立に再発見またはその証明がなされています。

杉浦-清水は2012年の論文で、有限温度の物理量が一つの波動関数で置き換えられることの証明を行い、その熱的純粋量子状態の簡便な構成方法を示しました。そして、その波動関数を熱的純粋量子状態(thermal pure quantum state)と名付けました。この手法はHΦに実装されており、完全対角化を行うことなく、広汎な量子格子模型の有限温度計算が行えるように整備してあります。HΦを用いた、熱的純粋量子状態の最近の計算例としてはフラストレートしたハバード模型の有限温度物理量の解析を行った論文があります。

第一原理分子動力学法

電子状態計算で得られる原子に働く力を元に、分子動力学計算を行う方法。

経路積分モンテカルロ法

虚時間経路積分表示にもとづき、d次元の量子多体系をd+1次元の古典系として表現した上でマルコフ連鎖モンテカルロ計算を実行するシミュレーション手法。世界線モンテカルロ法とも呼ばれる。古典系では粒子の位置やスピン配位からそのボルツマン重みが簡単に計算できるが、量子系では演算子の非可換性のため厳密な計算には指数関数的に大きなコストが生じる。そこで、経路積分モンテカルロ法では、鈴木-Trotter分解や高温展開などを用いて虚時間軸を導入し、一次元だけ次元の高い古典系として表現する。経路積分モンテカルロ法は、横磁場イジング模型、量子ハイゼンベルグ模型、ハバード模型などの強相関量子格子模型や、He4ボーズ粒子系など、様々な系に対して用いられている。経路積分モンテカルロ法は原理的にはどのような量子系に対しても適用可能である。しかし、競合する相互作用を持つハイゼンベルグ模型やフェルミオン系では、古典系として表現したときの重みに負のものが現れ、大きな系や低温において平均値が収束しなくなる事態が生じる。この問題は負符号問題と呼ばれ、量子モンテカルロ法を量子多体系に適用する上で最も大きな障害となっている。