ハイゼンベルク模型 (Heisenberg model)

固体中の電子の低エネルギー自由度としてスピン自由度のみを抽出した模型。固体の磁性を議論するうえで最も基本的な模型の一つである。スピン相互作用の形、格子構造に様々なバリエーションがあるが、特に反強磁性相互作用(スピンを反平行に揃える相互作用)をもつ反強磁性ハイゼンベルク模型はハーフフィリングのハバード模型の強結合極限として得られ、銅酸化物高温超伝導体の母物質であるモット絶縁体を記述する基本的な模型として盛んに研究が行われている。また、カゴメ格子など反強磁性相互作用と単純には整合しない幾何学的フラストレーションをもつ格子の場合に発現すると期待される量子スピン液体の研究も盛んに行われている。正方格子などの負符号問題が出ない場合に厳密な量子モンテカルロ計算を行なうことができ、それを行えるソフトウェアとして、ALPS, DSQSSなどがある。また、厳密対角化の計算が行なるソフトウェアとしてはALPS, TITPACK,SpinPack, KobePack、HΦがある。また、mVMCを用いることで、変分モンテカルロ法を用いた様々なハイゼンベルク模型の基底状態計算を行なうことができる。

ハバード模型 (Hubbard model)

遷移金属酸化物の電子状態を記述する理論模型としてHubbard・Kanamori(金森)・Gutzwillerらによって独立に提案された模型。最近接のトランスファーとオンサイトクーロン相互作用のみを含む単純な模型であるものの、その理論解析は難しく一次元などの限られた場合にしか厳密なことはわかっていない。強磁性・反強磁性・モット絶縁体・高温超伝導など現在の固体物理で注目されている多くの現象を記述する最も基本的な模型として盛んに研究が行われている。少数サイトのハバード模型の厳密対角化を行えるソフトウェアとして、ALPS、SpinPack, HΦがあり、HΦでは動的物理量計算及び熱的純粋量子状態を用いた有限温度計算も可能である。また、動的平均場近似を用いた計算はALPS,pyDMFTを用いて行えることができ、変分モンテカルロ法を用いた計算をmVMCを用いて行なうことができる。

フェーズフィールド法

フェーズフィールドと呼ばれる場の変数を用いて、不均一場における連続体模型を取り扱う手法。場の変数として密度場や温度場などのほかに、相の状態を記述する連続場(秩序変数)も導入することで、相転移現象を伴う多くの物理現象(凝固現象や相変態など)や組織形成過程の現象論的なシミュレーションに応用されている。連続場はギンツブルク-ランダウ方程式を基礎としており、モデル中のパラメータは相の自由エネルギーで決められているため、CALPHAD(Calculation Phase Diagram)法など他の手法で得られた自由エネルギー関数をそのまま利用できる。このようにして得られた時間発展方程式を解くことにより、秩序変数のダイナミクスが得られる。すべての物理量が連続場で書かれているため計算コードが書きやすく、公開もしくは市販されているプログラムを利用することができる。

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フラグメント分子軌道法

巨大な分子の量子化学計算に用いられる方法.巨大な分子系を小さなフラグメントに分割し、フラグメントとフラグメントペアについて、他のフラグメントの静電ポテンシャル下で、分子軌道法と同様の計算を行うだけで、分子の全エネルギーを計算する方法である。

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ベイズ最適化

形の分からない関数(ブラックボックス関数)の最適値(最大値あるいは最小値)を求める機械学習手法の一つ。有限個の点における関数値からガウス過程により関数の形を予測し、最適値を持つと期待される点あるいは不確定性の大きな点から優先的に探索を行う。探索点を逐次的に追加し、徐々に予想の精度を高めることで、比較的高次元の探索空間においても効率的に最適点を見つけ出すことが可能となる。

 

半経験的電子状態計算

原子軌道間の重なり積分などの量を数値計算するのではなく、簡単な近似や実験によって得られたパラメータ値を利用することで電子状態計算を行う手法。大きな系の電子状態計算を高速で行うことができる。量子化学計算の分野では、ヒュッケル法(π軌道のみに着目し、重なり積分を無視して隣接原子間の軌道に関するクーロン積分・共鳴積分のみを考える)や拡張ヒュッケル法(π軌道のほかにσ軌道の効果も含める)などが代表的な手法であり、固体の分野では、実験値を再現するような強束縛モデルを利用することも行われる(Slater−Koster法など)。

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変分モンテカルロ法

試行波動関数を用意して、その試行波動関数が含むパラメータを変分原理に従って最適化することで量子多体系の基底状態(または低励起エネルギー状態)の波動関数を求める手法。フェルミオン系に対する応用では,試行波動関数として一体部分(Slater行列式)に多体相関をとりこむために密度相関の演算子を指数関数の肩にのせたGutzwiller-Jastrowタイプの相関因子を付け加えた波動関数を用いるのが一般的である。試行波動関数に対する物理量の期待値計算の部分にモンテカルロ法を用いているため、変分モンテカルロ法と呼ばれている。モンテカルロ法ではあるものの負符号問題は発生しないため、様々な系に適用できる汎用性の高い手法であることから、第一原理計算[CASINO]・量子化学計算[QWalk]・格子フェルミオン系[mVMC]など幅広く用いられている計算手法である。

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平面波基底

波動関数を平面波展開で表現する手法。平面波は規格直交基底をなすので、基底を大きくすれば(たくさんの異なる波長を有する平面波を用意すれば)しただけ単調に精度が良くなる。しかしながら、原子核付近の波動関数の急峻な変化を表現するためにはかなり多数の平面波を要するため、不向きである。これを回避するために、(L)APW法や擬ポテンシャル法が考案された。

非平衡グリーン関数法

物性物理の理論計算でよく用いられる方法の一つが、場の理論をベースとするグリーン関数法の一つである。通常は、基底状態を取り扱うのに有効な絶対零度に対するグリーン関数法や、熱平衡状態を取り扱うのに有効な温度グリーン関数法などがよく用いられる。しかし、熱平衡状態からある程度離れた状態(非平衡状態)を記述するためには、定式化を大きく変更する必要がある。

非平衡グリーン関数法は、系の非平衡状態を記述する密度行列の時間発展方程式に着目し、順方向の時間発展と逆方向の時間発展の2つの時間経路を組み合わせた特別な時間経路(ケルデッシュ経路)を考察することにより、種々のグリーン関数を定式化する方法である。これにより非平衡状態を通常の熱平衡グリーン関数とほぼ同じファインマン図形の方法によって定式化することができる。この定式化では、状態密度の情報を担う遅延グリーン関数・先進グリーン関数と、分布関数の情報を担うLesserグリーン関数が、独立な関数として定式化される。

この手法は、物質に電極をとりつけて直流電圧を加えたときの輸送特性を議論するときに有効である。ナノ構造に対する半無限電極の影響を自己エネルギーとして取り込んで計算した種々のグリーン関数から、非平衡状態の電子密度やコンダクタンスの情報を得ることができる。この計算手法は、OpenMX, Siestaなどの第一原理計算ソフトウェアで実装されている。