混晶の第一原理計算をしたいのですが

完全に不規則に配置する場合

単位胞(ユニットセル)で計算する方法と、スーパーセル近似を利用する方法があります。ユニットセルで計算する方法としては主に、virtual crystal approximation (VCA) とcoherent potential approximation (CPA) があります。VCAは構成元素のポテンシャルを組成比で混合して利用するという最も素朴かつ簡便な近似手法で、計算コストは通常の単位胞の計算と変わりません。その代わり、種々の物性値について精度はあまり期待できないと考えられます。全電子計算法でVCAを利用するには、組成比で加重平均した原子番号を指定し、対応するように電子数を指定する必要があります。一方、擬ポテンシャル法の場合は、適切に混合した擬ポテンシャルを用意する必要があります。多くの第一原理計算プログラムでは実験的隠れ機能のような扱いのようで、公式ドキュメントに明確な記述はないものの、関連メーリングリストなどで利用方法が説明されています。

一方、CPAでは電子散乱理論を基にランダム合金の有効ポテンシャルを決めます。このため、ポテンシャルを単純に混合するVCAより高い精度が期待できます。AkaiKKRに実装されていますが、2020年5月現在では格子歪みの影響は取り込めないようです。

スーパーセルを利用する方法はどの第一原理計算プログラムでも利用可能です。格子歪みの影響も自然に取り込むことができます。方法は単純で、可能な限り大きなスーパーセルを取り、ランダムに構成元素を配置して計算すれば良いことになります。この場合、限られたスーパーセルサイズのモデル1つでは、配置の相関(例えば元素種間の2体分布関数)がランダム合金を十分に再現しないため、多数のランダム配置スーパーセルで平均を取る必要があります。これを避けるために、“special quasirandom structure (SQS)”を利用することもできます。ランダム配置の相関関数は組成を決めてしまえば比較的簡単に計算できるので、これを限られたスーパーセルサイズでなるべく再現するように各元素種を配置するという発想です。SQSをモンテカルロ法を使って作成するプログラムmcsqsがATATに含まれています。なお、スーパーセルを利用したときにもとのユニットセルでのバンド構造を計算したい場合は、折りたたまれたバンドを展開する必要があります。Quantum EspressoVASPを使う場合は、Wannier90を使ってワーニエ軌道を導出し、Quantum Unfoldingでバンド展開を行うことができます。また、第一原理計算プログラムそのものにバンド展開が実装されているものとしてはOpenMXが挙げられます。

(不)規則性が明らかでない場合

計算したい混晶系がある程度の短・中距離の秩序を有すると考えられる場合、計算か実験で元素配置を統計的に決定する必要があります。計算で決定する場合、スーパーセルの利用が必須といえます。計算方法としては、配置ごとのエネルギー計算とモンテカルロ法とを組み合わせた統計力学サンプリングが挙げられます。この場合、多数のスーパーセル配置に対する計算を行う必要があり、全て第一原理計算で行うのは現実的でない場合が多いです。このため、まずは、クラスター展開などの軽量モデルを小規模な第一原理計算の結果から導出し、それを基にモンテカルロサンプリングを行うのが通常の方法です(関連アプリ:CLUPAN, ATAT)。最近では、超並列スーパーコンピュータを利用し、軽量モデルを介さないで全て第一原理計算でまかなう方法も研究されています(関連アプリ:abICS)。