第一原理計算の基底の違いってなんですか?

実際の第一原理計算では、波動関数を表現する基底の数は有限に留めざるを得ません。基底をどのようにとるか、基底数をどこまでとるかにより、第一原理計算の速度・精度が大きくかわります。基底のとり方は、アプリの得意とする (または不得意とする) 計算を決めるため、アプリの特徴を表す重要な要素の一つです。ここでは、幾つかの基底について簡単に説明します。

固体中の電子を記述する場合、平面波基底は最も自然な基底の一つで、コーン・シャム方程式を簡単に行列表現することができます。カットオフ波数を変えるだけで計 算精度や計算速度を制御できるため扱いやすく、多くのア プリで採用されています。欠点はそのまま何も工夫せずに計 算を行うと、内核電子を表現するのに非常に多くの基底を必要とすることですが、前節で述べた擬ポテンシャル法 と組み合わせることで、基底の数を大幅に減らすことができます。

原子軌道 (Atomic Orbital,AO) 基底もよく用いられる 基底です (MateriApps では「原子局在基底」のキーワー ドで検索できます)。波動関数の角度方向は球面調和関数で 表して、動径方向を計算速度・精度に関して最適化した擬原子軌道 (Pseudo Atomic Orbital,PAO) で表現する基底がその代表例です。原子局在基底では、オーダー N 法 と呼ばれる効率のよい計算手法を使うことができて、特に大規模系において電子状態計算を素早く行うことができるというメリットがあります。また、平面波基底と違って周期境界条件を必要としないため、系の境界に関する自由度が大きく,例えば半無限のリードを境界に取り付けて輸送特性の 計算をすることが可能です。一方、表面などの系で原子のない場所にも局在基底を用意する必要があり、局在基底の配置や擬原子軌道の基底の数・動径方向のカットオフのとり方などにコツが必要な場合があります。

実空間基底 (メッシュを切り実空間で基底を張ったもの) は、原子局在基底と似ており、オーダー N 法による高効率大規模計算と境界条件の自由度の高さが特色です。コー ン・シャム方程式は差分方程式として表現され、これを適 当な補間法 (有限要素法やスプライン補間法など) のもとで解くことになります。

平面波基底と原子局在基底を混ぜた基底もよく用いられます。まず、全電子計算法で用いられる手法として、原子核を中心としたある半径の球の内側は原子局在基底で、外側は平面波でそれぞれ記述して、接続面で適切に接続させるというものがあります。APW (Augmented Plane Wave) 法、および、動径波動関数をエネルギーについて線形化することで取り扱いを容易にした LAPW (Linearized Augmented Plane Wave) 法が有名です (MateriApps では「全電子混合基底法」のキーワードで検索できます)。また、擬ポテ ンシャル法で用いられる比較的新しい手法として、PAW (Pro jector Augmented Wave) 法があります。これは擬ポテン シャルの枠組みで計算を行いながらも、その計算結果 (擬波動関数) から内殻電子の情報を含む厳密な波動関数を復 元することができる手法です。PAW 法は計算コストと 計算精度がバランスした手法なので、今後この手法を実装したアプリは増えていくと思われます(MateriApps内のアプリでは、VASP、 CASTEP、 Quantum ESPRESSO、 ABINIT、 PHASE、 CPMD、 GPAWがPAW法を実装しています)。