ALPS を用いた多様な新奇有機ラジカル磁性体の磁気特性・基底状態計算
有機物では化学修飾の多様性により、今日までに数100万種類にも及ぶ膨大な数の人工的な有機分子の合成が報告されています。無機磁性体が主流となって発展を遂げてきた今日までの磁性研究に、そのような有機物の多様性を取り込むことが私たちの研究の狙いです。これまでの研究から、フェルダジルラジカルと呼ばれる安定ラジカルを利用することで、有機物において磁性体合成の弊害となってきた性質を抑制できることが分かってきました。その結果、従来の常識を覆すペースで新規磁性体の合成が可能になり、多彩な量子スピンモデルの実現に繋がっています[1-4]。
それらの量子的な磁気状態に関しては、ALPSを用いた量子モンテカルロ法による定量的な考察を行っています。ALPSの優れた汎用性により、XML言語を用いてあらゆるスピンモデルの定義が可能であり、多種多様な量子スピンモデルに適応させることができます。
新規有機ラジカル磁性体β-2,6-Cl2-Vにおいては、これまでに実現例のない3種類の相互作用から成るS=1/2 4倍周期反強磁性鎖の形成が予想され、ALPSによる磁気特性の検証、及び基底状態の考察を行いました[4]。その結果、図1に示す1/2量子磁化プラトーの振る舞いを含めて、磁気特性を定量的に再現することができました。さらに、これらの解析で得られた磁気パラメータを参照することで、摂動による基底状態の考察も行うことができました。低磁場領域では実効的なS=1/2反強磁性交替鎖、高磁場領域では実効的なスピンのイジング型強磁性鎖が形成されていることを明らかにしました(図2)。有機ラジカルの多様性とALPSの汎用性の組み合わせにより、さらなる新規量子スピンモデルの実現と理解、及び新奇量子状態の発現が期待できます。
図1: β-2,6-Cl2-Vの1.3 Kにおける磁化曲線[4] | 図2: β-2,6-Cl2-Vの(a)低磁場及び(b)高磁場 領域での実効的磁気状態 [4] |